ボサノバを聴きながら東京都心〜浦和を走るホビーアスリートの備忘録
アイアンマン・ジャパン2009 収支表

1・支出の部
【旅費関連】 
 ツアー代(4泊5日。飛行機代はマイレージ利用につき除く)

¥52,000

 バイク輸送費(往復共)

¥6,800

 食費(ツアーに含まれない分)

¥8,000

 レンタカー代(コース下見時。二人で割勘)

¥2,500

 土産代

¥15,000

【スイム関連】 
 ウエットスーツ

既存利用

 ゴーグル

既存利用

 スイムパンツ

バイクジャージ着用

【バイク関連】 
 バイク

¥★50,000

 決戦用タイヤ

¥16,000

 ヘルメット

既存利用

 バイクシューズ 

既存利用

 バイクジャージ

既存利用

 サングラス

既存利用

 バイクケース(バイク輸送用)

¥17,000

【ラン関連】 
 ランシューズ 

¥11,000

 ランウェアバイクジャージ着用
 「LSD NOW」Tシャツ

既存利用

 ゼッケンベルト

¥1,500

【補給食関連】 
 カーボショッツ(25個)

¥6,200

 リプレニッシュ(10袋)

¥2,000

 アミノ・プロ(4袋)

¥700

      
2.収入の部
 完走メダル、完走Tシャツ

priceless

 ホロ苦い結果に終わった30代最後の初夏の思い出

more  priceless

 大会関係者や福江島の人々のホスピタリティー           

 most  priceless


3.備考
・支出については、当家財務大臣も本表を見ると思われるため、主だったもののみの
 記載とした。
・当該レース参戦は当初計画していなかったものである。よって本年度の住宅ローンの
 繰り上げ返済を見送ることとする。
・来年度に当該レースに参戦した場合、バイク等の資産を有効活用できることが予測
 され、支出が大幅に減少することが考えられる。よって来年度の繰り上げ返済は可能
 と予測される。

【スタート前】
宿の廊下を人が歩く音で目が覚めました。時計を見ると午前3時。
前日夜は、少なくとも最後に時計を確認した10時までは寝付けなかったので、
まだまだ眠い。 少しだけ布団の中でねばった後、頑張って食堂にいきます。

私のお腹は一昨日の食べ過ぎ以降張り気味で、余り働いて無さそうだったのですが、
レース当日に何も食べない訳にもいかないし、折角ご飯と味噌汁は温かいものが用意
されていたので、少しだけ口にします。

部屋に戻り、手持ち無沙汰な落ち着かない時間を過ごした後、宿を出発。
外はまだ真っ暗。
大会側が用意したバスに乗り、スイム会場へ移動します。
普段は陽気なトライアスリートで満席の車内も、この日は喋る人は誰もいません。
皆な緊張してるのは一緒なんだ、と逆に少しだけ安心します。

スイム会場へは5時過ぎに到着。
だんだん辺りは明るくなってきますが、空はどんより曇っています。

到着後直ぐに、空いてるうちにトイレに行きます。結果、少しだけ張りが減ります。

その後はバイクの最終チェックと補給食のセッティング。
併せて、スイムから上がってきた後、着替えてバイクスタートするまでの流れをイメージします。
TS3C058100030002.jpg

6時半からのスイムのウォームアップ開始時間になると、ウェットスーツを着込みます。

ごりさんや知り合いの選手と握手をし、お互いの検討を祈りあった後、入水チェック
ゲートをくぐり、いざ海へ。

この日は前日に決めていた通り、ノースリーブのウェットスーツを着用。
水の冷たさは感じましたが、長袖のスーツを着て窮屈だった前日と試泳時と異なり、
両手の水中での軌跡がプールでのトレーニング時通りなので、安心します。

6時50分のウォームアップ終了のアナウンスでビーチから100m先のブイより手前の
エリアに一度下がり、海に漂いながら10分後のスタートを待ちます。

6時55分頃、DJレイモンド氏によるプロ選手の紹介。
6時58分にまずプロ選手がスタート。
7時丁度に我々エイジグループのスタートです。

【スイム】
スイムはビーチから1キロ弱先のブイまでを2往復する周回コース・3.8キロ。

私は前列から少しだけ下がった大外寄りでスタートを待ちました。

7時のホーンでいよいよスタート。

トライアスロンのスイムでは泳ぎながらの選手同士のバトルが付き物ですが、この日の
私は選手の少ない大外からのスタートだったたため、混乱無く泳ぎ始めることができま
した。

私の泳ぎ(勿論クロール)は3ストロークにつき1度ブレスするパターン。
(つまり左手を掻く→右→左(同時に左側で呼吸)→右→左→右(同時に右側で呼吸) )
ブレスの度に周囲の景色を確認しながら泳ぎます。

空は曇って風も若干ありましたが、波は比較的穏やか。
沖に出ると若干横方向に流される感じがしましたが、高さ1.5mの波の中のレースを
2002年のココで経験していたので、それに比べると非常に泳ぎ易いと感じました。

途中、二度ほど小便をしたくなり、そんな時は迷わずしてしまいます。
ウエットスーツの内股の辺りが、独特のジンワリと温かい感じになります。
近くを泳いでいた方、スミマセン。

そして一往復目は約34分でアップ。
二往復目は沖合いで若干波に流されてタイムロスし、トータルで74分。
プールでの自己ベストは68分なので、オープンウォーターのスイムとしてはまずまず。

スイムは苦手ではないし、まだ全体の1/10も終わっていないですが、海から上がると
何故かいつもホッとしてしまいます。

【バイク】
バイクコースは凡そ以下の通りの公称計180.2キロ。(実際はこれよりも若干短い)
1.スイム会場の富江 → 福江市内 → 島の内陸中央部の二本楠交差点:約51キロ
2.二本楠交差点から島の北西部を二周回:約56キロ × 二周
3.二本楠交差点 → 福江市内に戻りバイクフィニッシュ:約17キロ

私の当初の予定では前半は脚を温存し、徐々にペースアップしていくつもりでした。
まぁ、誰もが考えはすることですが、中々レースではテンションが上がってしまって
ついつい飛ばしがちなので、今年はしっかり自制しようと心がけていました。

ですので序盤は、スイムを全体の1/3で上がったこともあり、スイムは苦手だけども
バイクが得意な選手にドンドン抜かれます。
どうぞどうぞ。今年は大人の走りをしますから。
ここまでは予定通りでした。

しかし…

10キロ辺りから、張り続けたお腹の痛みが段々気になりだします。
また、痛みがあり上半身が安定しないので、体幹の筋肉を使うことができず、太ももの
筋肉に頼った走りになってしまいます。
でもこの頃はまだ、「この腹痛がずっと続くはずはない、我慢我慢。」と冷静でした。

17キロの地蔵坂トンネル手前では、「○○さん(私の本名)」と声をかけられました。
4分後にスイムアップしたごりさんが後から追いついてきました。
「腹が痛い…」と答え、先に行ってもらいます。

この腹痛大魔王。先に書いてしまうと、ランの中盤まで付き合わされることになりました。
体外に出てくれるならまだしも、全く出ようともせず、痛みが増すわけではないのですが、
補給食や水分を採るごとに腹はドンドン張ってきます。

約56キロの周回コースに入ると、前半に対面通行する区間があるのですが、一周目は
先程抜かれたごりさんとは約2分程度の差で、まだ挽回できると思っていました。

島の西部の急坂の区間では、赤い大団扇を仰いで我々に風を送ってくれる応援団が
いました。島の方々の温かみを知ったと共に、きっと島の人達もレースを楽しんでいるの
だと思いました。

島の北部から二本楠に南下する区間では、南風がきつく、下り坂で脚を回しても30k/h
以下しかスピードが出ず、段々疲労を自覚し始めます。

100キロを過ぎて二周回目になっても、なかなか腹痛大魔王は去ってくれません。
この頃からバイクでの挽回はもう諦めていましたが、このままではランもまともに走れ
ないと思い、何度かトイレで止まり、大魔王に去ってもらうよう試みます。

が、なかなか去らない… まぁ、走行中、急に去ろうとされるよりはマシか…

トイレに寄った後、再スタートした直後は焦って飛ばし気味になってしまい、トイレとトイレ
の間をインターバルしている感じになり、脚を使ってしまってるなぁー、と感じます。

二周回を終り、福江市内までは約17キロ。
大きく遅れた私の周りを走る選手は少なく、沿道の応援も疎らになってきていましたが、
上りの区間が三箇所残っており、ここでは完全に脚を使い果たしたと思われる選手を
数人、抜くことができました。

バイクをフィニッシュし、ラックにバイクを掛けに行くと、多くのバイクが既に掛けられて
あり、自分の凡その順位が分かってしまいます。

あーあ、こうなったらランで頑張るしかない…

【ラン】
バイクからランへのトランジッションエリア内のテントで、上半身のバイクジャージを
一度脱ぎ、ラナイさんとの約束の黒いTシャツを着た後、バイクジャージを着直します。

ランはスタート直後に距離調整のために福江空港近くのループを走った後は、鬼岳を
二周する42.2キロ。

バイクのことは忘れて気持ちを入れ直すために一度ストップウォッチをリセットし、
ランスタート。 ランの目標はサブ4.5 (キロ6分 + エイドでのロスタイム の計算)

スタート直後の5キロはキロ6分前半で入りました。
バイク直後のトライアスロンでのランは、バイクの速度感覚が残っていてペースが
つかみづらいのですが、まずまずの入りのつもりでした。

が、大魔王は相変わらず体の中にいました。

そして6キロ辺りのエイドでコーラを飲むと、いよいよ走れないくらいに痛み出します。
しかしランも流した走りをしてしまっては、長崎まで何をしに来たのか分からなくなる
ので、何とかキロ7分台後半で走り続けます。
(結果的には惨敗に終わりましたが、キツい状況の中、歩かなかったことだけが
今となっては唯一の救いです。)

10キロ過ぎから雨が降り始め、前日よりも早く、辺りが暗くなってきます。
R011_.jpg

途中、ゼッケン番号一桁のプロ選手が、コース上に捨てられた紙コップを拾いながら
歩いているところを抜きました。初めはまさか、と思いましたが、抜く際に顔を拝見
すると間違いありませんでした。
レース前から腰を痛めているという情報があったので、歩いている理由は推測でき、
ゴミを拾っている姿も胸を打ちました。
が、歩いてでも完走しようとするのは本人の意志なのか、スポンサーの絡みなのか。
プロだからこそリタイヤし、早く完治させて次のレースに賭けるという考え方もあるの
ではと思うと、複雑な気持ちになりました。

20キロ辺りで一度福江市内の街中を通過するのですが、その時、ゴール会場の方から
上位選手のゴールをアナウンスするDJレイモンド氏と観客の歓声が聞こえてきます。
早く私もその歓声に包まれたいと思いました。
が、もう一周、私には残されています。

この辺りから大魔王も去る準備をそろそろ始めている感じがしました。

そして、スタート前に預けておいた補給食の入ったスペシャルニーズバッグを受け取る
ことのできる24キロのエイドでトイレに寄りました。
すると完全に去ったわけでもなさそうでしたが、ずっとあった張りは消え、ようやく身軽に
なった感じがしました。

さぁ、ココから挽回するぞ!
今までできなかった腰の入ったフォームで走ることができ始めました。

残り18キロしかありません。
普通なら「あと18キロもある」という感じだと思いますが、この時はそれまでの鬱憤を
晴らすには18キロでは足りない、という思いでした。

とにかく飛ばしまくります、気持ちの中だけでは。
実際はキロ6分くらいだったと思います。
が、この辺りを走る選手はそれよりも遅いペースなので、次々に抜くことができました。

35キロ辺りの崎山中学校前の上りでは流石に両太ももが痙攣しそうになりましたが、
ハムストリングスを意識した走りをして、何とか痙攣を回避します。

40キロを過ぎ、福江市内に帰りゴールが近くなると、沿道の応援も増えてきます。

このままレースが終わってしまうのは寂しい、もう少し沿道の応援に包まれていたい。
でも、今更急いでもしょうがないけど、少しでも早くゴールしたい。
両方の思いが交錯しつつも、自分の気持ちの中では飛ばし続けます。

残り1キロを過ぎ、有名なアイアンマンの電飾看板が目に入ってくると、何故だか分かり
ませんが目頭が熱くなります。
K01_.jpg
(この画像は04年のもの。今年見ると、赤い「あと600m」の部分が無くなっていました)

福江城の堀に掛かる橋を渡り福江高校に入ると、残り数百メートル。

仕事で今回のアイアンマンをキャンセルせざるを得なかったラナイさんとの約束を
果たすため、バイクジャージのフロントジッパーを空け、中の黒いTシャツを見える
ようにします。

そして100メートルほど先には、とうとう「光の中のゴール」が。

「光の中のゴール」とは、ゴール地点が単にライトアップされているだけの状態を言うの
ですが、ゴールが夜になるのはアイアンマン・ディスタンスのレースならでわのこと。
またその光景は、私が10代の終り頃に雑誌「ターザン」で見て、自分もいつかはアイアン
マンになりたいと憧れ、トライアスロンを始めるきっかけになった景色なのです。

両袖の観客とハイタッチをし、青いシートの敷かれたコースを走ります。

DJレイモンドさんが私の名をコールします。

すると、それまでの鬱憤がどこかへ消え、思わず両手を上に突き上げました。

そして五年振りの光の中のゴールへ!

F01_.jpg

程無くして、ボランティアの方が首に完走メダルを、肩に完走タオルをかけてくれました。

その後ベンチに座って暫く休み、携帯電話で妻に完走を伝えました。
妻は留守番宅で大会HPでレース経過を見ることができ、バイクが不調なのは分かって
いたとのこと。だからゴールはもっと遅くなると思っていたようで、「えっ、もうゴールでき
たの?」と言われてしまいました…

その後、長男に電話を替わってもらうと、「おとーちゃん、おめでとう」 と言ってくれ、
下の長女が横で「替わって、替わって」と言ってるのが聞こえたので替わるように言うと、
「ダメー」と私を独り占めし、相変わらずの兄妹の仲の悪さを発揮していました。
それを聞いていると一気に現実に引き戻された気がしました。

画して私の5年ぶりのアイアンマンの挑戦は幕を閉じました。



13時間50分。

ラン以外はほぼゼロスタートからの半年間のアイアンマン再挑戦。
半年前は完走だけが目標だったのが、いつの間にか目標タイムを立てていました。
その目標には大きく届かなかった以上、アイアンマン・ディスタンスのトライアスロンが
自分に合っているかと自問すると、今は「?」と答えざるを得ません。
ですが耐久スポーツは勿論続けるつもりなので、今回のレース結果は良い教訓となり、
今の生活環境の中で完走できたことは、少しだけ自信にも繋がりました。

自分のその時々の立ち位置を確認するには、私にとってアイアンマンは今後も良い目標
となるような気がするし、もしかするともっと刺激的な目標も現れるかもしれません。

来年のアイアンマンは6月13日。
まだ時間があるので、今後も色々なことへの好奇心を維持しつつ、来年のアイアンマン
については結論を出そうと思います。