今日から“つくばマラソン”の申し込みが始まったので、
早速、RUNNETでエントリーしました。
ハセツネ、手賀沼とエントリー締め切りになるのが今年はとにかく早いですから。
これで年内のレースの予定と位置づけが決まった気がします。
10/ 4 小金井公園5時間走 (ここまではLSD中心でベース作り。その後スピード練習)10/12 ???????? (たまには環境の違う所を走るのもいいかも…)
11/16 上尾or多摩川ハーフ (スピード練習仕上げ)
11/30 つくばマラソン (フルマラソンの勝負レース。目標サブ3.○)
気が早いですが、来年は6月のアイアンマン・ジャパンに5年振りの出場を検討中です。
暫くは諸事情によりトライアスロンは封印するはずだったのが、
早くも復帰するかを迷っている理由は、
世界のアイアンマンシリーズを主催するWTC(World Triathlon Corporation)社と
開催地である長崎県福江市との三年毎の契約が来年までとなり、
その後契約が更新されるか分からないからです。
(と、この前ラナイさんにお会いした時に言われて思い出しました。)
ここは私も参加することで少しでも定員割れを防ぎたいという思いと、
反面、定員を1200人とするのならば定員割れは免れそうも無いと予想され、
仮に2010年以降の契約が切れるとなると
少なくとも福江島でのアイアンマンは2009年が最後になるので、
なくなる前にもう一度出ておきたい、という複雑な心境からです。
本当はもっとじっくり三種目の中で相対的に一番順位の悪いランを集中的に鍛えたり、
トレイルランにももっと没頭するつもりだったのですが…
いずれにしても、とりあえずはつくばにむけて、走行距離を増やしていこうと思ってます。
最近、バイク練を少しづつですが復活したら、膝の調子も徐々に上向いてきて、
ランの走行距離もやっと戻ってきました。
クロストレーニングの効果ですね。
早速、RUNNETでエントリーしました。
ハセツネ、手賀沼とエントリー締め切りになるのが今年はとにかく早いですから。
これで年内のレースの予定と位置づけが決まった気がします。
10/ 4 小金井公園5時間走 (ここまではLSD中心でベース作り。その後スピード練習)10/12 ???????? (たまには環境の違う所を走るのもいいかも…)
11/16 上尾or多摩川ハーフ (スピード練習仕上げ)
11/30 つくばマラソン (フルマラソンの勝負レース。目標サブ3.○)
気が早いですが、来年は6月のアイアンマン・ジャパンに5年振りの出場を検討中です。
暫くは諸事情によりトライアスロンは封印するはずだったのが、
早くも復帰するかを迷っている理由は、
世界のアイアンマンシリーズを主催するWTC(World Triathlon Corporation)社と
開催地である長崎県福江市との三年毎の契約が来年までとなり、
その後契約が更新されるか分からないからです。
(と、この前ラナイさんにお会いした時に言われて思い出しました。)
ここは私も参加することで少しでも定員割れを防ぎたいという思いと、
反面、定員を1200人とするのならば定員割れは免れそうも無いと予想され、
仮に2010年以降の契約が切れるとなると
少なくとも福江島でのアイアンマンは2009年が最後になるので、
なくなる前にもう一度出ておきたい、という複雑な心境からです。
本当はもっとじっくり三種目の中で相対的に一番順位の悪いランを集中的に鍛えたり、
トレイルランにももっと没頭するつもりだったのですが…
いずれにしても、とりあえずはつくばにむけて、走行距離を増やしていこうと思ってます。
最近、バイク練を少しづつですが復活したら、膝の調子も徐々に上向いてきて、
ランの走行距離もやっと戻ってきました。
クロストレーニングの効果ですね。
今日は代々木RCのLSD大会に参加しました。
といっても私は午後に来客があったので、午前二時間で帰っちゃいましたが。
(本当は午後4時に帰宅すればよかったので、午後も一時間は走ろうと思ってたんですけど…)
午前はそれなりに暑かったものの、
500mlのペットを丁度消費したくらいで二時間走り終え、程良い疲労感。
代々木体育館側の屋台を物色してお好み焼きと、ついついアルコールを買ってしまい、
本日の鍛錬は終了モード。いや、終了でした。
それにしても午後はどんどん暑くなりましたね。
午後も走り続けられた方々に拍手です。

帰宅時の代々木公園の原宿駅側出口。
私の原宿駅付近の原風景のまんまの光景でした。
この踊ってる人たちも、今日は相当暑かっただろうなぁ。

帰ったら、マンションの廊下に成虫になったばかりっぽいクワガタがいました。
今年は関東もこのまま梅雨明け?
といっても私は午後に来客があったので、午前二時間で帰っちゃいましたが。
(本当は午後4時に帰宅すればよかったので、午後も一時間は走ろうと思ってたんですけど…)
午前はそれなりに暑かったものの、
500mlのペットを丁度消費したくらいで二時間走り終え、程良い疲労感。
代々木体育館側の屋台を物色してお好み焼きと、ついついアルコールを買ってしまい、
本日の鍛錬は終了モード。いや、終了でした。
それにしても午後はどんどん暑くなりましたね。
午後も走り続けられた方々に拍手です。

帰宅時の代々木公園の原宿駅側出口。
私の原宿駅付近の原風景のまんまの光景でした。
この踊ってる人たちも、今日は相当暑かっただろうなぁ。

帰ったら、マンションの廊下に成虫になったばかりっぽいクワガタがいました。
今年は関東もこのまま梅雨明け?
昨日、スピード社の水着に対抗すべく、日本水泳連盟が契約する三社の改良水着が発表されました。で、三社のうち二社が例の水の抵抗を限りなくゼロに近づける素材を採用したようですね。
ところでその素材を開発し、本件で一躍有名になった「山本化学工業」。
何となく以前から聞いたことがあった気がしたので調べてみると、トライアスロンのスイムで着るウェットスーツにはかなり前から同社の素材が使われてたようで、どうりで聞いたことがあったわけです。トライアスロン市場でのシェア90%とも。
話は変わりますが、関西の芦屋に「トライオールスリー」というトライアスロン関係の会社があります。海外のウエットスーツを扱ったり、海外・国内レースツアーをコーディネートしてくれる会社で、十数年前の貧乏学生アスリート時代には何度かお世話になりました。
最後にお世話になったのは、九年前に新婚旅行でアイアンマン・ハワイに行った時でした。私達は新婚旅行を兼ねて観戦で行っただけで、オーナーのO夫妻は何人ものプロ・トライアスリートのコーディネートを抱えていたのに、コナ空港のレンタカー手配に始まり、プロ御用達のコンドミニアム、その後のオアフ島のホテルまで、全てを完璧にコーディネートして頂きました。
そんなご縁があったので、O夫妻は私のようなホビーアスリートのことはとっくに忘れてしまっていると思いますが、私の方はO夫妻のブログをずっと拝見していました。
で、そのブログの「2008/05/21 新しいウェアー」ってところにトラーオールスリーが開発中のトライアスロンウェアーのことが書いてあり、「この生地は、今世間を騒がせている、山本たこ焼きラバーです」ってあったのを昨日の水着のニュースで思い出したのです。
「山本たこ焼きラバー」こそスピード社が採用した、表面がたこ焼き機の様に水粒子が取り込む凹みをもった速く泳げる水着素材なのです。
てことは、トライオールスリーの水着を着れば、我々も速く泳げるってことか!
スゴイ!着てみたい!速く発売しないかなぁ!
(まぁ、今の私の場合、トライアスロンを封印して半年以上経つので、週に4日でも暫くちゃんと泳いだ方が速くなりそうですが…)
そう言えば、家庭用「自動たこ焼き機」なる板が振動するやつがこの前テレビで紹介されてました。焼きすぎの失敗や不揃いは回避できそうだけど、あれではたこ焼きを家庭で楽しむ醍醐味が失われてしまうわなぁ…
ところでその素材を開発し、本件で一躍有名になった「山本化学工業」。
何となく以前から聞いたことがあった気がしたので調べてみると、トライアスロンのスイムで着るウェットスーツにはかなり前から同社の素材が使われてたようで、どうりで聞いたことがあったわけです。トライアスロン市場でのシェア90%とも。
話は変わりますが、関西の芦屋に「トライオールスリー」というトライアスロン関係の会社があります。海外のウエットスーツを扱ったり、海外・国内レースツアーをコーディネートしてくれる会社で、十数年前の貧乏学生アスリート時代には何度かお世話になりました。
最後にお世話になったのは、九年前に新婚旅行でアイアンマン・ハワイに行った時でした。私達は新婚旅行を兼ねて観戦で行っただけで、オーナーのO夫妻は何人ものプロ・トライアスリートのコーディネートを抱えていたのに、コナ空港のレンタカー手配に始まり、プロ御用達のコンドミニアム、その後のオアフ島のホテルまで、全てを完璧にコーディネートして頂きました。
そんなご縁があったので、O夫妻は私のようなホビーアスリートのことはとっくに忘れてしまっていると思いますが、私の方はO夫妻のブログをずっと拝見していました。
で、そのブログの「2008/05/21 新しいウェアー」ってところにトラーオールスリーが開発中のトライアスロンウェアーのことが書いてあり、「この生地は、今世間を騒がせている、山本たこ焼きラバーです」ってあったのを昨日の水着のニュースで思い出したのです。
「山本たこ焼きラバー」こそスピード社が採用した、表面がたこ焼き機の様に水粒子が取り込む凹みをもった速く泳げる水着素材なのです。
てことは、トライオールスリーの水着を着れば、我々も速く泳げるってことか!
スゴイ!着てみたい!速く発売しないかなぁ!
(まぁ、今の私の場合、トライアスロンを封印して半年以上経つので、週に4日でも暫くちゃんと泳いだ方が速くなりそうですが…)
そう言えば、家庭用「自動たこ焼き機」なる板が振動するやつがこの前テレビで紹介されてました。焼きすぎの失敗や不揃いは回避できそうだけど、あれではたこ焼きを家庭で楽しむ醍醐味が失われてしまうわなぁ…
おとといの日曜日、車のラジオで、茨城県の潮来でトライアスロンが開催されたというニュースが流れてました。今年で22回目を迎えるこの大会、今年の参加者は約200人程度だったようです。帰宅後、そう言えば私も92年に出たことあるなと思い出し、当時のリザルトを見直すと、その年の出場者は556人でした。
うーん、何もこの大会だけではないですが、ここ10年位でトライアスロン人口は確実に減っています(かく言う私もその一人ですが)。
またトライアスロンの大会自体も、この数年で中止になるケースが増えています。
その中でも特に残念だったのが、今やとっくの昔話になってしまった「アイアンマン・ジャパン in びわこ」の中止。
90年代半ばまで「びわこ」大会は、アジアで唯一の「アイアンマン」と名の付く「ハワイ・アイアンマン・世界選手権」のアジア地区予選を兼ねていることから、定員に対する申し込み倍率は約3倍(もっと?)近い超人気レースでした。
出場は過去の戦績をもとにした書類選考で決められるので、「あそこの大会で○○時間○○分切ってれば選ばれやすいらしいよ」などという噂も実しやかに流れたりしてて、その「あそこの大会」も人気のあるレースだったりしてました。
(因みに私も何度か申し込みましたが、結局一度も選ばれませんでした。)
が、「びわこ」の大会は、地元の理解が得られなくなり、97年で中止。
レース前にバイクコースを試走する選手が交通ルールを守らなかったり、レース中、地元ボランティアにエイドの水を渡すのが下手だのと怒鳴ったりして、地元からソッポを向かれてしまったのでした。
その後、日本トライアスロン界は「アイアンマン」と名の付くレースを失ってしまったのですが、01年に長崎県五島で「アイアンマン・ジャパン」は復活し、今年も6月に開催されます。(ラナイさん、がんばって!)
「五島」になってからは競技人口が減った上に、島へのアクセスが「びわこ」に比べて不便なために敬遠されがちなのか、出場し易くなりったのは事実で、私も02年、04年に出場するこができました。
一方、ランニングや自転車人口はこの数年で飛躍的に増えています。
何故だろう…
確かにトライアスロンにはスイム、特にオープンウォーターで泳ぐという、腰が引けてしまう種目があります。しかし、スイムの敷居がこの数年で急に高くなったわけでは決して無いわけで…
なんとなくその理由は私は分かっているのですが、明確には考えが整理されていないので、無責任なことをここでは書かないでおこうと思います。
そして、トレイル始める人も着実に増えているようですね(私もその一人)。
ところで山の先人であるハイカーの人達って、トレイルランナーをどう思ってるんだろう…
今度の赤城山でも渋滞になりそうな箇所がいくつかありそうですが、逆コースを歩こうとするハイカーは、トレイルランナーの通過するのをずっと待つんだろうなぁ。待ち時間によっては、彼らの山行計画にも影響が出そうです。
ネットを見ていて、否定的な書き込みがあるのも気になります。
気になりつつも、あと10日程で赤城山のレースの日は来ます。
私にできることはちゃんと訓練して、渋滞が少しでも早く解消するようにせっせと岩場を進むことでしょうか。(相変わらず全然訓練できてない…)
トレイルを最近始めたばかりの私が偉そうに言うべきではないでしょうが、いつかトレイルランニングがトライアスロンのように斜陽の道を辿るのでは、と老婆心ながら、少し心配です。
うーん、何もこの大会だけではないですが、ここ10年位でトライアスロン人口は確実に減っています(かく言う私もその一人ですが)。
またトライアスロンの大会自体も、この数年で中止になるケースが増えています。
その中でも特に残念だったのが、今やとっくの昔話になってしまった「アイアンマン・ジャパン in びわこ」の中止。
90年代半ばまで「びわこ」大会は、アジアで唯一の「アイアンマン」と名の付く「ハワイ・アイアンマン・世界選手権」のアジア地区予選を兼ねていることから、定員に対する申し込み倍率は約3倍(もっと?)近い超人気レースでした。
出場は過去の戦績をもとにした書類選考で決められるので、「あそこの大会で○○時間○○分切ってれば選ばれやすいらしいよ」などという噂も実しやかに流れたりしてて、その「あそこの大会」も人気のあるレースだったりしてました。
(因みに私も何度か申し込みましたが、結局一度も選ばれませんでした。)
が、「びわこ」の大会は、地元の理解が得られなくなり、97年で中止。
レース前にバイクコースを試走する選手が交通ルールを守らなかったり、レース中、地元ボランティアにエイドの水を渡すのが下手だのと怒鳴ったりして、地元からソッポを向かれてしまったのでした。
その後、日本トライアスロン界は「アイアンマン」と名の付くレースを失ってしまったのですが、01年に長崎県五島で「アイアンマン・ジャパン」は復活し、今年も6月に開催されます。(ラナイさん、がんばって!)
「五島」になってからは競技人口が減った上に、島へのアクセスが「びわこ」に比べて不便なために敬遠されがちなのか、出場し易くなりったのは事実で、私も02年、04年に出場するこができました。
一方、ランニングや自転車人口はこの数年で飛躍的に増えています。
何故だろう…
確かにトライアスロンにはスイム、特にオープンウォーターで泳ぐという、腰が引けてしまう種目があります。しかし、スイムの敷居がこの数年で急に高くなったわけでは決して無いわけで…
なんとなくその理由は私は分かっているのですが、明確には考えが整理されていないので、無責任なことをここでは書かないでおこうと思います。
そして、トレイル始める人も着実に増えているようですね(私もその一人)。
ところで山の先人であるハイカーの人達って、トレイルランナーをどう思ってるんだろう…
今度の赤城山でも渋滞になりそうな箇所がいくつかありそうですが、逆コースを歩こうとするハイカーは、トレイルランナーの通過するのをずっと待つんだろうなぁ。待ち時間によっては、彼らの山行計画にも影響が出そうです。
ネットを見ていて、否定的な書き込みがあるのも気になります。
気になりつつも、あと10日程で赤城山のレースの日は来ます。
私にできることはちゃんと訓練して、渋滞が少しでも早く解消するようにせっせと岩場を進むことでしょうか。(相変わらず全然訓練できてない…)
トレイルを最近始めたばかりの私が偉そうに言うべきではないでしょうが、いつかトレイルランニングがトライアスロンのように斜陽の道を辿るのでは、と老婆心ながら、少し心配です。
この前の土曜日は赤城山まで試走に出かけたわけですが、
当日は関越道の渋滞に巻き込まれないよう、午前4時に出発しようと考え、
前日は夜10時に寝室へと入りました。
が、遊び足りない長男が寝室へやってきて、「父ちゃん、あそぼ」と寝る気配全くなし。
“これにつきあってると寝られるのは夜中。車の中の方がよっぽど沢山寝れるなぁ〜”
と思い、急遽赤城に向けて出発することにしました。
で、関越道を経由し、約1時間半でスタート地点の“赤城青年の家”付近に到着しました。
そしてミニバンの二、三列目シートを倒し、マットを敷き、毛布をかぶって車中泊。
寝付け薬代わりのチューハイのおかげで、比較的すぐに寝れました。
土曜朝はヒンヤリとした空気と鳥のさえずりで、5時半頃に目が覚めました。
5時間弱、寝られたことになります。
そして車中で朝食とストレッチをした後、6時半に試走へとスタートしました。
が、試走を始めるなり、辺りの木々には
「注意!この当たりで最近熊が目撃されました」とのまだ張りたての張り紙が。
そこで初めて気付きました、熊除け鈴を持ってくるのを忘れたことを…
トレイルを始めたのは最近なので、持っている山の道具はまだまだ少ないのですが、
熊除け鈴はトライアスロンを真剣にやってた頃に使ってたので、家にあるはずなんです。
当時は小川町経由で定峰峠−白石峠を登り、都幾川村に抜けるコース(またはその逆)をロードバイクでよく走りに行ってたので、その時に使うことはあったのです。
あの日は車中泊したおかげで予定よりも少し早いスタートになったので、
山に入るのは恐らく私が一人目だったと思います。
人家は近くになく、始発電車に乗ってもあの時間にスタートできる場所ではないので。
どうしよう…、と少しビビッたものの、せっかくここまで来たのだからと思い、
結局、車の鍵をバッグの腰ベルトに付いてるメッシュポケットに入れ、
チャリチャリさせながら試走しました。
そして帰宅後、忘れないうちにと熊除け鈴を探したところ、ない。
探せど探せど、出てこない。
仕方ないので、昨日、御徒町のアートスポーツで新しい鈴を購入しました。

話が元へもどりますが、
私がトライアスロンをやってた頃に熊除け鈴を持つようになったのには、
以下のような経緯がありました。
北面には雪がまだ残る3月上旬頃、定峰峠の茶屋で小休止していると、
ある有名な実業団チームの集団もその茶屋へやってきて、話をしてました。
私 :「いいバイクですねぇ。」
実業団:「会社で与えられるのしか乗れないから、良し悪しだよ。」
私 :「ところで、何で鈴なんか着けてるんですか。」
実業団:「熊除け鈴だよ、君も峠に来る時には持ってた方がいいよ。」
私 :「へー、教えていただき、有り難うございます。
でも、それでも熊と遭遇したら、どうすればいいんですかねぇ。」
実業団:「そりゃ勝てるわけないから、逃げるのが一番でしょ」
と、こんなやり取りがあって熊除け鈴を持つようになり、
熊に遭遇すれば逃げるべし、との考えが私の頭の中にインプットされました。
が、がですよ、昨日“熊除け鈴”でググッてて、
「熊との遭遇」ってサイトで、“遭遇すれば逃げるべし”って考えは大間違いってことに
恥ずかしながら初めて知りました。
なんでも“熊の走る速度は100mを7秒”とあるではないですか。
てことは、時速50キロ超!
当然、人が走って逃げ切れるわけがありません。
たとえロードバイクでも、九十九折の下り阪をこの速度で下ろうものなら、
コースアウトして自爆してしまいます。
カナダか北海道の大パノラマの長い直線の下りならば話は別ですが…
で、熊と遭遇したときの正解は、
“熊と距離をとってガンを飛ばします。
そして腹の底から「ウォー」と叫びます。
たいがいは熊のほうから、去っていってくれるはずです。”
ということのようです。
これまでも山に出かけていたとはいえ
ロードバイクと自走、舗装路とシングルトラック、と走り方や走る道も異なるので、
もっと慎重に準備をしていかなければならないと思いました。
(どちらの走り方にせよ、”逃げるべし”との実業団氏の考えは間違ってたわけですが。)
いきなり難易度の高い山に入ったり、ハードな走りをしようとは思ってませんが、
段々と山に興味を持ち始めているのも事実。
体力面でなく、知識面も徐々に勉強していかねばと痛感してます。
当日は関越道の渋滞に巻き込まれないよう、午前4時に出発しようと考え、
前日は夜10時に寝室へと入りました。
が、遊び足りない長男が寝室へやってきて、「父ちゃん、あそぼ」と寝る気配全くなし。
“これにつきあってると寝られるのは夜中。車の中の方がよっぽど沢山寝れるなぁ〜”
と思い、急遽赤城に向けて出発することにしました。
で、関越道を経由し、約1時間半でスタート地点の“赤城青年の家”付近に到着しました。
そしてミニバンの二、三列目シートを倒し、マットを敷き、毛布をかぶって車中泊。
寝付け薬代わりのチューハイのおかげで、比較的すぐに寝れました。
土曜朝はヒンヤリとした空気と鳥のさえずりで、5時半頃に目が覚めました。
5時間弱、寝られたことになります。
そして車中で朝食とストレッチをした後、6時半に試走へとスタートしました。
が、試走を始めるなり、辺りの木々には
「注意!この当たりで最近熊が目撃されました」とのまだ張りたての張り紙が。
そこで初めて気付きました、熊除け鈴を持ってくるのを忘れたことを…
トレイルを始めたのは最近なので、持っている山の道具はまだまだ少ないのですが、
熊除け鈴はトライアスロンを真剣にやってた頃に使ってたので、家にあるはずなんです。
当時は小川町経由で定峰峠−白石峠を登り、都幾川村に抜けるコース(またはその逆)をロードバイクでよく走りに行ってたので、その時に使うことはあったのです。
あの日は車中泊したおかげで予定よりも少し早いスタートになったので、
山に入るのは恐らく私が一人目だったと思います。
人家は近くになく、始発電車に乗ってもあの時間にスタートできる場所ではないので。
どうしよう…、と少しビビッたものの、せっかくここまで来たのだからと思い、
結局、車の鍵をバッグの腰ベルトに付いてるメッシュポケットに入れ、
チャリチャリさせながら試走しました。
そして帰宅後、忘れないうちにと熊除け鈴を探したところ、ない。
探せど探せど、出てこない。
仕方ないので、昨日、御徒町のアートスポーツで新しい鈴を購入しました。

話が元へもどりますが、
私がトライアスロンをやってた頃に熊除け鈴を持つようになったのには、
以下のような経緯がありました。
北面には雪がまだ残る3月上旬頃、定峰峠の茶屋で小休止していると、
ある有名な実業団チームの集団もその茶屋へやってきて、話をしてました。
私 :「いいバイクですねぇ。」
実業団:「会社で与えられるのしか乗れないから、良し悪しだよ。」
私 :「ところで、何で鈴なんか着けてるんですか。」
実業団:「熊除け鈴だよ、君も峠に来る時には持ってた方がいいよ。」
私 :「へー、教えていただき、有り難うございます。
でも、それでも熊と遭遇したら、どうすればいいんですかねぇ。」
実業団:「そりゃ勝てるわけないから、逃げるのが一番でしょ」
と、こんなやり取りがあって熊除け鈴を持つようになり、
熊に遭遇すれば逃げるべし、との考えが私の頭の中にインプットされました。
が、がですよ、昨日“熊除け鈴”でググッてて、
「熊との遭遇」ってサイトで、“遭遇すれば逃げるべし”って考えは大間違いってことに
恥ずかしながら初めて知りました。
なんでも“熊の走る速度は100mを7秒”とあるではないですか。
てことは、時速50キロ超!
当然、人が走って逃げ切れるわけがありません。
たとえロードバイクでも、九十九折の下り阪をこの速度で下ろうものなら、
コースアウトして自爆してしまいます。
カナダか北海道の大パノラマの長い直線の下りならば話は別ですが…
で、熊と遭遇したときの正解は、
“熊と距離をとってガンを飛ばします。
そして腹の底から「ウォー」と叫びます。
たいがいは熊のほうから、去っていってくれるはずです。”
ということのようです。
これまでも山に出かけていたとはいえ
ロードバイクと自走、舗装路とシングルトラック、と走り方や走る道も異なるので、
もっと慎重に準備をしていかなければならないと思いました。
(どちらの走り方にせよ、”逃げるべし”との実業団氏の考えは間違ってたわけですが。)
いきなり難易度の高い山に入ったり、ハードな走りをしようとは思ってませんが、
段々と山に興味を持ち始めているのも事実。
体力面でなく、知識面も徐々に勉強していかねばと痛感してます。